大量の文献資料に基づいた体系的情報

本書の第二の魅力は、上で書いたことと矛盾するようですが、大量の文献資料を元に、「ダークネット」の歴史や社会的位置づけを体系的・客観的に記述していることです。

一次情報は確かに魅力的ですが、それだけで終わってしまえば、ただのニュース記事でしかありません。また、自分の直接体験に溺れてしまい、自分が見た半径数メートルの世界だけから、世界のすべてがわかったような与太を飛ばしているような、だらしない本も少なくありません。

本書の著者は、研究者としての訓練を受けた人だけあって、決してそのような域にとどまってはいません。自分の取材した材料を、大量の文献資料によって補強し、「ダークネット」の現状をその起源にまで遡って歴史的文脈の中に位置づけているのです。

そのおかげで、たとえば、Tor秘匿サービスにある「暗殺市場」のアイデアはサイファーパンクのジム・ベルが起源であること、ネットの炎上は一部の研究者しかネットを使ってなかったArpanetの時代からあること、ビットコインの発明者サトシ・ナカモトはもともとリバタリアンだったということ、ネットのポルノはUsenetの時代からあること、など興味深い知見が得られます。もちろん、昔からネットを使ってる方にとっては周知のことでしょうが、若い読者にとっては新鮮な知見も多いでしょう。

本書が提起するさまざまな問題に関しても、著者個人の主観的な意見を垂れ流すことを厳しく抑制し、各分野の専門家の意見を多角的に引用することにより、問題をより客観的な文脈の中に位置づけています。

このことが本書に、ありがちな「アングラ・レポート」にとどまらない、より深い研究の基礎となりうるような資料的価値を与えています。これも、鈴木謙介さんが解説で指摘している通りです。

その文献調査の量を端的に表しているのが、本書の「巻末注」で、書籍版で30ページ以上もあります。文字フォントも小さく(本文がだいたい9ポイントなのに対し6ポイント)行間も狭いことを考えると、50ページ相当ぐらいの分量があります。少しだけお見せすると、こんな感じです。

このような、「豊富な一次情報+大量の文献調査」の両立が、本書の類書にはない独自の魅力になっていると思います。