独自取材による豊富な一次情報

本書の第一の魅力は、著者自ら足を使って取材した一次情報が豊富に詰まっていることです。

もちろん、書斎にこもって資料だけ読んで書かれた本にも名著は少なくありませんが、他の本には載っていない「事実」の多く書かれた本には、他に代えがたい魅力があります。

実際、本書の題材の中には、他の和書ではあまり扱われていない題材も少なくありません。あくまで星水がGoogle書籍検索で調べた範囲(2015年10 月8日時点)ですが、暗殺市場やイングランド防衛同盟(EDL)やトミー・ロビンソンや「シルクロード2.0」や「恐ろしい海賊ロバーツ」や Utherverseについて書かれた和書は本書だけ。「プロアナ」について書かれた和書は他に1冊だけ。サイファーパンクやトランスヒューマニストについて書かれた和書も数冊しかありません。本書でなければ得られない情報は少なくないはずです。(本書で扱われた主な題材については、「内容紹介」を参照)

また「取材」と言っても、ネット関係の本だと、ネット上のSNSや掲示板の会話を集めただけ、みたいな本もありますが、本書の著者は、登場人物の多くと「リアル」な世界で実際に面談しています。これは鈴木謙介さんの解説でも指摘している通りです。

その一端は、以下のくだりに端的に現れています。

 

この旅は、私を未体験の場所に連れて行った。オンラインでもオフラインでも。私は、悪名高い荒らしグループのモデレータになったり、リストカッターや拒食症患者や自殺志願者専用のフォーラムで何週間も過ごしたりした。私は、ドラッグを求めて、そして、児童ポルノネットワークの調査のため、Tor秘匿サービスの迷宮の世界を探検した。私は、人気のあるソーシャルメディアサイトで、ネオナチとアンチファシストの間のオンライン戦争を目撃したり、現在の自家製エロのトレンドを調べるために、最新のポルノチャンネルに登録したりした。私は、アナーキストのビットコインプログラマーと一緒にバルセロナの不法占拠地を訪問したり、うらぶれた労働者クラブで過激なナショナリストと話をしたり、散らかったベッドルームで3人の娘がカメラを通して何千人もの視聴者の前で、性的に露骨な行為をして小金を稼いでいるところを観察したりした。

‐書籍版13ページ

 

このことは本書にとって、単にネット情報の裏付けをとる以上の意味を持っています。本書のテーマの一つは、「ダークネット」のようなアングラな世界と、読者の多くが暮らしているであろう「普通」の世界との間の接点を探ることですが、ネットの中に潜んでいた当事者と直接面談することにより、彼らは読者と同じ生身の人間として立ち現れてくる。そのおかげで、彼らの世界は私たちの世界と決して無縁ではない、地続きの世界として感じられるようになるのです。

 

私は、本書の主な登場人物のほとんどに、まずオンラインで、次にオフラインで会ったが、より好感が持てたのは、常に現実世界の彼等の方だった。インターネットは、人間同士の対話からフェイスツーフェイスの部分を排除することにより、相手の人間的な部分を隠す。それを私たちの想像力が誇張して、相手を怪物に変えてしまう。その怪物は闇の中にいるため、より恐ろしく感じられるが、直接会うと、相手は再び人間に戻る。それがアナーキストのビットコインプログラマーであろうが、荒らしであろうが、過激派であろうが、ポルノ製作者であろうが、熱心な自傷行為患者であろうが、誰もが、私が想像していたより、親切に気持ちよく迎えてくれたし、興味深く多面的な人物であった。

‐書籍版296ページ