海外の裏ネット事情がわかる
これは原著の魅力ではなく、日本語版固有の魅力になりますが、日本の読者には意外と伝わってこない、海外の裏ネット事情がわかる、というのも本書の大きな魅力です。
それについては、同じ日本人と言っても、いろんな感じ方があるでしょう。解説の鈴木謙介さんなんかは、海外のネット活動の背後にある「強い思想」に着目たようです。もちろん、それも重要な着眼点であり、それについては鈴木さんの解説が参考になるでしょう。
ですが訳者の星水はむしろ、日本のネットも海外のネットも、実は本質的なところではあまり変らないということを強く感じました。たとえば、第1章の「荒らしの素顔を暴く」に出てくる4chanの荒らしは、日本の2ちゃんねるそっくりですし、第2章の「一匹狼」に出てくるEDLとアンチファの闘いは、日本の在特会としばき隊の闘いを強く想起させます。第6章の「ライト!ウェブカメラ!アクション」に出てくるような動画の「実況」は、日本のニコニコ生放送などでもさかんですし、それにまつわるトラブルもよく似ています。
一時期日本の文化人の間で、2ちゃんねるのように匿名で誹謗中傷ばかりしているのは、日本のネット特有の現象であって、「欧米では」そんな現象はない、みたいな、出羽の守を絵に描いたような主張が喧伝されたことがありました。でも訳者の星水は、割と下世話な好奇心が旺盛な人間なので、「欧米」にも4chanのようなサイトがあることを当時から知っており、そういう主張には首をかしげていました。
もちろん、彼らも意識的にウソをついていたわけではなく、本当にそういうサイトのことを知らなかったのでしょう。インテリのみなさんは、言うまでもなく英語も達者な方が多いですから、自分で英語のサイトも見て判断されたのでしょうけど、インテリなだけに、観測範囲がお上品なサイトに限定されてしまったのでしょう。母国語では下々の情報まで耳に入っても、外国語では入る情報が限定されてしまうことは、よくあることです。
平均的な読者が、海外のネットにどういうイメージを持っているかわかりませんが、もし一時期の日本の文化人のように、日本の下品なネットとは異なるお上品な世界だと思っていたとしたら、そのイメージは間違いなく覆されることでしょう。逆に、海外のネットは怖いかもしれないけど、日本の平和なネットとは別世界だとたかをくくっていた人も、実は両者が地続きであることに気づいて、安閑としてはいられなくなるでしょう。